― 言葉が分からないまま、人生を左右する手続きに立たされる現実 ―
日本で外国人が刑事事件に関わった場合、そこで大きな役割を果たすのが司法通訳です。
司法通訳というと、多くの人は「外国人犯罪者のための通訳」と考えてしまうかもしれません。
しかし本来、司法通訳は犯罪を助けるための存在ではありません。
言葉が分からない人に、何を疑われているのか、どのような権利があるのか、何を認め、何を否認しているのかを正確に伝えるための存在です。
つまり、外国人の人権を守り、場合によっては無実を証明するためにも欠かせない役割を担っています。
裁判所の資料によると、法廷通訳人候補者名簿には全国で61言語、3,244人が登録されています。一見すると十分な人数に見えるかもしれません。
しかし、問題は人数だけではありません。
司法通訳が必要になる場面は、法廷だけではありません。警察での取調べ、検察での事情聴取、弁護士との接見、裁判所での公判手続きなど、刑事手続きの各段階で通訳が必要になります。
しかも事件は、平日の昼間だけに起きるわけではありません。夜間、休日、地方都市、緊急の逮捕直後など、すぐに通訳人を確保しなければならない場面もあります。
特に近年は、外国人の国籍や使用言語が多様化しています。以前は中国語、韓国語、英語、ポルトガル語などが中心だったかもしれませんが、現在はベトナム語、ネパール語、シンハラ語、ミャンマー語、クメール語、ベンガル語、インドネシア語など、より幅広い言語への対応が求められています。
令和6年の被告人通訳事件では、通訳言語は41言語に及んでいます。中でもベトナム語の事件数が最も多く、次いで中国語、タイ語、タガログ語、ポルトガル語などが続いています。
ここで考えなければならないのは、「事件数が多い言語」と「通訳人が確保しやすい言語」は必ずしも一致しないという点です。
司法通訳には、日常会話の通訳とはまったく違う重さがあります。
「黙秘権」
「供述調書」
「否認」
「自白」
「起訴」
「保釈」
「執行猶予」
これらの言葉を、単に訳すだけでは不十分です。相手が本当に理解できる形で伝えなければなりません。もし通訳が不正確であれば、本人が理解しないまま供述してしまう可能性があります。あるいは、本当は否認したいのに、通訳のずれによって認めたように記録されてしまう危険もあります。
これは外国人だけの問題ではありません。
日本の司法そのものの信頼に関わる問題です。
さらに、通訳人側にも大きな負担があります。
特に少数言語の場合、「誰が通訳したのか」が関係者に推測されやすく、通訳人の身の安全やプライバシーの問題も避けて通れません。
近年、警察の取調べ通訳については、遠隔地にいる通訳人による通訳を可能にする方向で制度整備が進められています。これは通訳人不足への対応として重要な一歩です。
しかし、遠隔通訳だけで解決する問題ではありません。
司法通訳に必要なのは、人数の確保だけではなく、研修、報酬、身分保護、個人情報保護、少数言語への対応、そして通訳の質をどう担保するかという総合的な仕組みです。
外国人事件の報道では、どうしても「外国人が何をしたのか」に注目が集まります。
しかし、その裏側で「その人は本当に自分の権利を理解していたのか」「正確に言い分を伝える機会があったのか」という視点は、あまり語られていません。
司法通訳は、外国人を特別扱いするための制度ではありません。
日本語が分からない人にも、同じように防御権を保障するための制度です。
そして、誤った処罰を防ぎ、真実に近づくための司法の土台でもあります。
外国人が増える社会では、司法通訳の問題は一部の専門家だけの問題ではありません。
日本が本当に公正な国であり続けるために、いま見直すべき重要な課題なのです。
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