外国人への住宅斡旋

【シニアライフ】
ほとんど貸してくれない現実があった
16年前、そこにはとてつもない厳しい現実が待っていた。
起業はしたが不動産業はほとんど素人の私、(無謀ですね!!)
後に共にお仕事をする相方になるNPO法人外国人情報センターの小池氏にご教授を頂いた。
その経緯もあり同じ街の高田馬場に事務所を構えることになる。
エピソードは多数ある。
1. どのようにして外国人へのお部屋を探すのですかと?
その答えは驚くべきものでした。
業界専門の検索サイトのレインズで「検索項目にペット可を探すんだよと」ペット可のお部屋は可能性があるよと言われたのを覚えている。
通常では100件問い合わせして99件は断られた。新宿近辺でです。
小田急線、田園都市線、京王線は100%アジア系の留学生は入居は不可能でしたね。ある程度解禁されたのは、7~8年前ですね。私が三軒茶屋に台湾の学生をいきなり5名移住させてからです。
皆まじめですからそこからイメージが変わり広まりました。
2. 日本学校へ営業に行ったら驚かれたこと。
受付に行ったら「え!不動産屋が来た」と驚かれたこと、そんな経験を学校側はされたことが無いいつもお願いに行っていた逆の立場だったからだ。
そんな状況です、最初の3か月間は無収入でしたね。
3.二年ほどして寮を運営することになった。
いきなりNHKの依頼が舞い込み取材をしたいとのこと。
そんなこんなで寮の生活、私の活動が全国放送で40分近く流された。
そのナレーターの第一声が「この高田馬場に変わった不動産屋があると聞きました」とさ
当時はやはり変わっていたんですね、それも全国に告知された私!笑い

そんなことで、今日までに1000名以上の留学生が私の寮を卒業していった。

中国、韓国、モンゴル、ロシア、ベトナム、イギリス、スリランカ、ミャンマー、タイ、など

懐かしい思い出です。

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